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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2866号 判決

控訴人(原告)

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

田中清治

犀川千代子

谷合周三

齋藤雅弘

清水聡

上柳敏郎

櫻井健夫

長野源信

森田太三

原田敬三

被控訴人(被告)

大和證券株式会社

右代表者代表取締役

江坂元穂

右訴訟代理人弁護士

石田裕久

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、二八五万〇四三四円及びこれに対する平成六年五月二八日から支払い済みまで年五分の割合による金額を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じ、これを一〇分し、その七を被控訴人の、その余を控訴人の、それぞれ負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、四〇七万〇六八二円及びこれに対する平成六年五月二八日から支払い済みまで年五分の割合による金額を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件事案の概要は、原判決の「第二事案の概要」に記載のとおりあでるから、これを引用する。

ただし、原判決二枚目裏八行目の「除した」を「除した」と改め、九、一〇行目の「(新株引受権証券)」及び一一行目冒頭から三枚目表五行目末尾までを削り、六行目の「勧誘により、」の次に「被告から」を加え、七行目の「二〇」を「三〇」と改め、裏一行目の「取引」の次に「勧誘」を、六枚目表二行目の「意向」の前に「取引の」をそれぞれ加え、七枚目表五、六行目のかっこ書を削り、八行目の「五号」を「六号」と、同行の「一条」を「二条」と、九行目の「一項」を「一号」と、同行の「五八条」を「一五七条」とそれぞれ改め、七枚目裏一〇行目の「義務がある」を削る。

第三  当裁判所の判断

一  本件ワラント取引の経緯等について

前示の争いのない事実等(引用にかかる原判決第二、一の事実)及び証拠(甲一二ないし一七号証、一八号証の一、二、二〇ないし二三号証、二五、二七、二八号証、乙一、二号証、三号証の一ないし一〇、五ないし七号証、原審における証人津﨑武英の証言、原審における控訴人本人の供述)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件ワラント取引の経過等について、次のとおりの事実が認められる。

1  控訴人は、大正一二年一一月一七日生まれであり、大学卒業後、玩具会社等に勤務していたが、昭和六二年に退職し、その後は定職に就かず、長男家族と同居しながら、趣味の絵を描くなどして過ごしていた。

控訴人は、昭和六〇年ころからメヌエル氏病が原因で強度の難聴となり、補聴器を使用している(なお、原告は、平成六年一月、東京都から身体障害等級第四級の身体障害者手帳の交付を受けている。)。

2  控訴人は、勤務先の会社が昭和六〇年に株式を上場した際、会社の持株会で自社株を保有したことがきっかけとなり、野村証券の外務員から勧誘を受け、同年末ころから継続的に株式の取引をするようになった(控訴人は、それ以前にも、少なくとも時折は、株式の取引を行ったことがあるように窺われるが、その具体的状況は詳らかではない。)。控訴人は、退職後は、退職金等を株式で手堅く運用していればしかるべき収入が得られると考え、四〇〇〇万円の退職金の一部を資金に加えて、株式の運用をしていた。

3  控訴人は、平成元年三月ころ、知人から「日興」の常務の息子として被控訴人本店営業部の証券外務員であった津﨑を紹介され、同人に対し、明るい人柄のよい好青年という印象を持った。

津﨑は、昭和六三年四月に被控訴人に入社し、約半年の研修を受けた後本店営業部に配属されたばかりの未だ経験の浅い証券外務員であったが、控訴人の信用を得たいと考え、控訴人に対し、顧客開拓用の商品として被控訴人から割り当てられた日新製鋼の新規発行の転換社債一〇口への応募を勧誘した。控訴人は、平成元年三月二八日、これに応募し、同月三一日、代金一〇〇〇万円を支払って右転換社債を購入し、四月一一日、これを約一三〇〇万円で売却し、約三〇〇万円の利益を得た。

このようなこともあって、控訴人は、すっかり津﨑を信用するようになり、以後、津﨑を通して継続的に株式の運用を行うようになった。

4  本件ワラントの勧誘がされる前の平成二年四月までの控訴人の被控訴人を介しての株式取引の状況をみると、

① 平成元年四月は、買付が、五銘柄、株数・一万二〇〇〇株、金額・約一九〇〇万円、売付が、三銘柄、株数・六〇〇〇株、金額・約七三〇万円、

② 同年五月は、買付が、五銘柄、株数・一万三〇〇〇株、金額・約一八五〇万円、売付が、六銘柄、株数・一万〇〇〇株、金額・約一八八〇万円、

③ 同年六月は、買付が、一銘柄、株数・二〇〇〇株、金額・約二〇〇万円、売付が、一銘柄、株数・二〇〇〇株、金額・約二三六万円、

④ 同年七月及び八月は、買付、売付ともになく、

⑤ 同年九月は、買付が、一銘柄、株数・六〇〇〇株、金額・約五〇四万円、売付が、一銘柄、株数・二〇〇〇株、金額・約四七〇万円、

⑥ 同年一〇月から平成二年二月までは、買付、売付ともになく、

⑦ 平成二年三月は、売付が、一銘柄、株数・一〇〇〇株、金額・約七〇万円、

⑧ 同年四月は、買付が、二銘柄、株数・二〇〇株、金額・約二四六万円、売付はなし、

というように推移している。

5  控訴人は、日頃から株式新聞に目を通し、株価の動きを把握するようにしており、これらの取引における銘柄の選択やその買付、売付は、基本的には控訴人の主導に基づく指定によるものであった。

控訴人が被控訴人を介して行った証券取引は、最初の転換社債の購入を除けば、全て株式の現物取引であった。この間、控訴人は、その取引内容は詳らかではないが、被控訴人以外にも、野村証券等の証券会社を介して株式取引も行っていた(なお、控訴人は、過去に信用取引を経験したことがあるようにも窺われるが、その内容は詳らかでない。)。

また、控訴人は、陳述書において、自らの株式運用の仕方について、「私は、元来小心で用心深く、二、三割下がれば安値に塩漬けされないように早く売り、一割上がったら確実に利益を出すために欲を出さないで落ちる前に早く売っておくという方針を取っていた」と述べている。

6  津﨑は、平成二年五月に入って、控訴人に対し、電話で、ワラントの購入を勧めた。その際、津﨑は、ワラントの特色について、概ね、「株式に比べて価格変動が激しく株が少しでも上がれば、大きく儲かる。その代わり、少しでも下がれば大きく損をすることもある。権利の売買なので、最終的には、その権利がなくなった場合、投資したものがゼロになってしまう可能性もある。」との趣旨の説明をした。

控訴人は、当時、趣味で描いていた絵が展覧会で入選するなどしたことから絵を描くことに夢中になっていたこともあって、津﨑が誘ってきたワラント取引の話にさほど関心が持てず、また、それまでワラントについての確かな知識を持っておらず、津﨑の説明を聞いてもワラントの性質について十分理解が進まず、「株式のようにずばりその価格が分かるものでも、価格変動の予測は難しいのに、何やら難しそうな得体の知れないものを買うのは不安だ」と感じたことなどから、津﨑の勧誘をいったんは断った。

しかし、その後も、津﨑は、控訴人に対し、何回かにわたって熱心にワラントの購入を勧めたところから、控訴人も、自らが信頼する津﨑がそれほど危ないものを売り付けることはないだろうと思うようになり、津﨑の勧めに乗ってみることにした。

このような経過を経て、控訴人は、津﨑の勧めにより、平成二年五月一四日、被控訴人から日本軽金属の外貨建ワラント(以下「日軽金ワラント」という。)を二〇口、代金二九八万一五五〇円で買い付け、同月二三日、長谷工コーポレーションの国内ワラント(以下「長谷工ワラント」という。)を一口、代金一六万五五七五円で買い付け、同月二八日、これらのワラントを売り付け、日軽金ワラントについては一七万八一八三円の、長谷工ワラントについては二六〇一円の利益を得た(なお、控訴人は、原審における本人尋問において、日軽金ワラントも長谷工ワラントも本来株の注文であった旨供述するが、控訴人の許には被控訴人から各取引についての報告書が送付されており、また、控訴人が、これらのワラント取引について津﨑に文句を言った事実も認められないから、控訴人の右供述は採用できない。)。

7  続いて、控訴人は、平成二年五月二九日、津﨑の勧めにより、被控訴人から本件ワラント三〇口を代金三七〇万〇六二〇円で買い付けた。

その際、津﨑が控訴人にした本件ワラントについての説明は、「自社ワラントといっても、特に今までのワラントと変わっているわけではない。」というものであり、「これまでのワラントでは儲かっているし、今回もどうですか。」、「自分の会社が発行するワラントだから買って貰いたいのです。」といったような勧め方をした。

なお、津﨑が本件ワラント取引を含む計三回の控訴人とのワラント取引に際して行ったワラントの特色についての説明は、すべて口頭によるものであり、書面を示したり、あるいは図を書いて説明は行っていない(後記9ないし11参照。)。

8  本件ワラントは、被控訴人が平成元年(一九八九年)一〇月一二日にユーロ市場で発行した第二回新株引受権付社債から分離されたものであり、権利行使期間は平成五年(一九九三年)九月二八日までであり、権利行使価格は二二六六円、権利行使株数は三二九株である。

控訴人が本件ワラントを買い付けた平成二年五月九日における本件ワラントの代価は16.50ポイント(一ワラント額面五〇〇〇ドルの16.50パーセント)であった。

他方、同日の東京証券取引所における被控訴人の株式の終値は一六八〇円であった。

9  ところで、日本証券業協会は、証券取引に関するいわゆる自主規制として、「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(公正慣習規則九号)を定め、これを信用取引や先物取引など特に危険性の高い取引について適用してきたが、平成二年三月からはワラント取引もその対象とされた。これにより、ワラント取引について、会員は、顧客カードを整備し、取引開始基準を定め、これに適合する顧客との間でのみ取引を行うこととし、また、取引を行おうとするときは、あらかじめ顧客に対し日本証券業協会作成の「説明書」を交付し、ワラント取引の概要とこれに伴う危険に関する事項について十分に説明するとともに、取引開始に当たっては、顧客から「説明書」の内容を確認し、自らの判断と責任において取引を行う旨を確認した「確認書」を徴求することを義務づけられることとなった(なお、日本証券業協会は、既に平成元年四月の段階で、理事会決議により、右公正慣習規則九号とほぼ同一の内容のワラント取引勧誘に当たって遵守すべき事項を定め、これを会員に通知している。)。

10  平成二年六月初めころ、控訴人は、被控訴人から「外国証券取引口座設定約諾書」(以下「約諾書」という。)の送付を受け、これに署名押印して被控訴人に返送した(なお、原審における証人津﨑は、右「約諾書」は、同年五月中旬ころ、控訴人から署名押印を得て直接受領した旨証言するが、被控訴人本店営業部作成の「書類ご提出のお願い」と題する書面(甲第二〇号証)によれば、被控訴人において、同年五月三一日付の同書面により、控訴人に対し、「外国証券取引口座約諾書・未入の為」として右「約諾書」を送付し、これに署名押印して至急返送するよう求めたことは明らかであるから、津﨑の右証言は採用できない。)。

11  平成二年六月初めころ、控訴人は、被控訴人から「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「確認書」という。)と、日本証券業協会作成の「ワラント取引説明書」(以下「取引説明書」という)の送付を受け、「確認書」に署名押印して被控訴人に返送した(なお、原審における証人津﨑は、右「確認書」は、本件ワラント取引の前日である同年五月二八日に、控訴人宅で控訴人から署名押印を得て直接受領した旨証言し(ちなみに、津﨑は、同人作成の陳述書(乙第五号証)においては、確認書を受領したのは平成二年五月二日であると述べている。)、また、乙第二号証によれば、右「確認書」の作成日付が同年五月二八日付けであることが認められるが、被控訴人本店営業部作成の「書類ご提出のお願い」と題する書面(甲第二一号証)によれば、被控訴人において、控訴人に対し、「ワラント取引に関する確認書」を送付し、これに署名押印して至急返送するよう求めたことが明らかであり、また、控訴人が保管していた右「書類ご提出のお願い」と題する書面には「確認書」の控訴人の署名と同一の筆書きで「二年五月二八日として速達返出し」との心覚えのメモ書きがされており、さらに、右の乙第二号証の「社用欄」の「受領日」欄には平成二年六月四日との日付印が押されていることに照らし、津﨑の右証言は採用できない。)。

12  控訴人は、右の「取引説明書」の送付を受けたころは、前示のように、絵を描くことに夢中になっていたこともあって、直ぐにはこれを読まず放置していた。

控訴人は、しばらく経った後、右の「取引説明書」を読んでみたところ、記述の意味、内容によく理解できないところが多かったことや、権利行使期間を経過するとワラントが無価値となってしまうことが明確に認識できたことなどから、「取引説明書」を最初に見せられていれば、たとえ津﨑の勧誘であってもワラントは購入しなかったのにという思いを持った。

本件ワラント取引後、津﨑からの連絡がなかったこともあって不安になった控訴人は、平成二年六月下旬から七月ころ、津﨑に電話をかけ、本件ワラントの価格を尋ねたところ、取引時より価格が大幅に下がっていることを知らされ、売却を依頼したが、津﨑は、「今売れば損をさせることになるし、未だ値上がりするチャンスもあるから、もう少し様子を見た方がよいのではないか。」との趣旨の答えをしたので、控訴人も、売却をしばらく見合わせることにした。

控訴人は、九月半ばころ、津﨑に電話をかけたが不在であったので、隣席の被控訴人の社員に本件ワラントの価格を尋ねると、さらに一段と値を下げているとのことであったので、本件ワラントを売却するように津﨑に伝言を依頼した。しかし、津﨑から控訴人に対する連絡はなく、その後は、控訴人においても、津﨑からは日新製鋼の転換社債で三〇〇万円儲けさせて貰ったので、本件ワラントで三七〇万円くらい損をしてもしようがないといった気持もあって、津﨑に対し本件ワラントの売却を申し入れることをせず、結局、売却も権利行使もされないまま本件ワラントの権利行使期間が経過した。

なお、控訴人の被控訴人との間の、あるいは被控訴人を介しての証券取引は、平成二年五月三一日のトキコ株二〇〇〇株(代金約二〇〇万円)の買付が最後であった。

二  ワラントないしワラント取引の特質について

1  証拠(甲一八号証の一、二、一九号証の一ないし三)並びに弁論の全趣旨によれば、ワラントないしワラント取引の特質について、次の事実を認めることができる。

ワラントは、前記第二(引用にかかる原判決第二、一3)のように、発行された分離型新株引受権付社債(ワラント債)から分離された新株引受権ないしこれを表象する証券のことであり、発行会社の新株を、一定の期間(権利行使期間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定の数量(権利行使株数。一ワラント当たりの払込金額を権利行使価格で除したもの。)購入することのできる権利であって、このワラント取引は、株式の現物取引等と比べ、次のような特質を有している。

(1) 権利行使期間の制約

ワラントは、発行会社の新株を購入することができる権利であるから、この新株引受権を行使することができることはもちろんであるが、その代わりに、ワラントを売却することによりワラント自体の値上がり益を取得することもできる。しかし、これには権利行使期間が定められており、その期間を経過してしまうとこれらの権利行使ができなくなって、ワラントは経済的に無価値となる。

そればかりでなく、ワラントの発行会社の株価が権利行使価格を下回っている時に新株引受権を行使することは経済的合理性がないから(市場で株式を購入する方が得であることは明らかである。)、株価が権利行使価格を下回っているようなワラントは、権利行使の残存期間が短くなれば、その間の株価上昇期待分が少なくなるだけ、評価が下がり、取引されにくくなり、売却が困難となる。ちなみに、我が国で取引されている我が国企業のワラントは、権利行使期間が四年と比較的短いものが大部分を占めるが、株価が権利行使価格を下回り、かつ権利行使期間が二年を切るようになった銘柄は、取引される割合が大きく低下する傾向が認められる。

(2) 価格変動の大きさと価格変動予測の困難性

ワラントの権利行使価格は、ワラント債発行の条件を決定する際の株価に一定割合を上乗せした価格で定められるが、そのようなワラントが投資の対象となるのは、将来、新株引受権の行使により、時価より低い権利行使価格で株式を取得し、その株式を時価で売却して取得することができる場合があるがゆえんであるから、ワラントの投資価値は、将来、株式が権利行使価格より値上がりする見通しを前提として成り立つことになる。

ところで、右のようなワラントの価格形成における理論価格(パリティ価格)は、株価と権利行使価格との差額によって規定されるが、現実のワラントの市場価格は、このパリティ価格と、株価上昇の期待度や株価の変動性の大小、権利行使期間の長短、需要と供給の関係(流通性の大小)等の複雑な要因を内包するプレミアム価格とによって形成され、変動する。しかも、ことに外貨建てワラントの取引については、証券取引所に上場されず、店頭市場における、相対取引により取引がされることもあって、その価格形成過程を把握することは一般の個人投資家にとって困難である。

そして、ワラントの市場価格は、基本的には、ワラント発行会社の株価に連動して変動するが、その変動率は株価の変動率より格段に大きく、株式の値動きに比べてその数倍の幅で上下することがある(いわゆる「ギアリング効果」)。加えて、右の株価との連動性やギアリング効果は、ワラントのパリティ価格と株価との間では明確に存在するが、ワラントのプレミアム価格と株価との間での連動性ないしギアリング効果は必ずしも明確なものではなく、したがって、特にワラント価格に占めるプレミアム価格部分が大きいワラントの値動きは、株価の変動と対比して、より複雑なものとなる傾向があり、その予測が更に困難なものとなるということができる。

また、外貨建ワラントの場合は、売却する際の価格は、為替変動の影響を受けるため、為替変動のリスクが加わることになる。

2  右のようなところから、ワラント取引は、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べて、より少ない金額でキャピタルゲインを獲得することができる可能性があるという意味でハイリターンな金融商品ということができるが、一般の個人投資家にとっては、株式のそれと比べ、ワラント価格の変動の幅は大きく、かつ変動の予測が格段に困難であることに加えて、権利行使期間の制約が存在し、投資資金の全額を失う可能性があるから、高いリスクを伴うものであることは明らかであり、投機的な色彩の強い金融商品であるということができる。

三  本件ワラント取引勧誘の違法性の有無について

1  一般に、証券取引における市場価格は、証券発行会社の業績や財務状況のみならず、証券市場を取り巻く政治的、社会的、経済的諸情勢に関わる複雑かつ多様な要因によって形成され、変動していくものであり、その確実な予測は本質的に不可能なものであるから、証券取引に関し、証券会社ないしその使用人が投資家に対して提供する情報ないし利益やリスクについての判断も、本質的に不確実な要素を含んだ将来の見通しにとどまるものといえる。したがって、投資家が、その取引による利益やリスクについての証券会社ないしその使用人が提供する情報や判断に依拠してある証券取引を行おうとする場合においても、基本的には、投資家自らが、その取引による利益やリスクについて判断し、その責任において取引を行うか否かを決すべきものであることはいうまでもない。

しかしながら、証券会社は、証券取引法に基づいて、監督行政庁より免許を受け証券業を営む者であって、証券取引に関する専門家として、証券発行会社の業績や財務状況等に関する多くの情報と、証券取引に関する豊富な経験や、当該証券取引に係る商品に関する高度で専門的な知識を有する者であり、それゆえ、一般の投資家も、証券会社を信頼し、その提供する情報、勧奨等に基づいて証券市場に参入し、証券取引を行っているのであるから、証券会社及びその使用人は、投資家に対し証券取引を勧誘するに当たっては、当該証券取引による利益やリスクに関する的確な情報を提供し、投資家がこれについての正しい理解を形成した上、その自主的な判断に基づいて当該の証券取引を行うか否かを決することができるように配慮すべきものといわなければならない。

そして、証券取引法四九条の二が、「証券会社……及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない。」と規定し、また、同法五〇条一項一号が、有価証券の取引等に関連し、有価証券の価格等が騰貴し、又は下落することの断定的判断を提供して勧誘する行為を禁止し、さらに、同項六号の規定を受けた「証券会社の健全性の準則等に関する省令」二条一号が、有価証券の取引等に関し「虚偽の表示をし又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をする行為」を禁止しているのも、右と同旨の趣旨に出たものということができる(なお、日本証券業協会が、同様の趣旨から、証券取引に関するいわゆる自主規制として、「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(公正慣習規則九号)等を定めて、その遵守を会員に義務づけてきたことは前示一9のとおりである。)。

右のところよりすれば、証券会社及びその使用人は、投資家に対し証券取引の勧誘をするに当たっては、投資家の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験、資力等に照らして、当該証券取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明を行い、投資家がこれについての正しい理解を形成した上で、その自主的な判断に基づいて当該の証券取引を行うか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(以下、単に「説明義務」という。)を負うものというべきであり、証券会社及びその使用人が、右義務に違反して取引勧誘を行ったために投資家が損害を被ったときは、不法行為を構成し、損害賠償責任を免れないものというべきである。

そして、本件において問題となる説明義務は、本件ワラント取引勧誘に関するものであるから、その具体的な内容及びその義務違反があったか否かの判断は、本件ワラント取引に即して具体的に検討されなければならないことはいうまでもない。

2  そこで、以下、これを本件について検討する。

(1) まず、控訴人の職業、年齢等についてみると、前示一1のとおり、控訴人は、大正一二年一一月一七日生まれであり、平成二年五月当時は既に六〇代半ばを過ぎており、昭和六二年には勤務先を退職し、趣味の絵を描くなどしていわば余生を過ごしているといった生活状況にあった者である。また、控訴人は、昭和六〇年ころから強度の難聴となり、補聴器を使用している状態であった。

(2) 次に、控訴人の証券取引に関する知識、経験等についてみると、前示一2のとおり、控訴人は、昭和六〇年末ころから継続的に株式の取引をするようになり、退職後は、四〇〇〇万円の退職金の一部を資金に加えて、野村証券等の証券会社を介して株式の運用を行っていた。

控訴人が平成元年三月に被控訴人外務員の津﨑と面識ができた後の、被控訴人を介しての証券取引の状況は、前示一3、4のとおりであって、当初の四月及び五月はそれなりに活発な株式運用がされているものの、それ以降は、株式取引の回数、金額ともに減少してきていた。また、その運用の仕方は、前示一5の控訴人本人の陳述に符合する手堅い内容のものということができる。そして、控訴人が被控訴人を介して行った投資取引は、最初の転換社債の購入を除けば、全て株式の現物取引であった。

これらの被控訴人を介しての株式取引における銘柄の選択やその買付、売付は、前示一5のとおり、基本的には控訴人の主導に基づく指定によるものであり、右のような株式の運用状況に照らせば、控訴人は、本件ワラント取引のころまでに、株式の現物取引に関しては、既に相当の経験を有し、自らの運用方針をきちんと持って、自主的、主体的な判断に基づいてその取引を行うか否かを決することができる能力を身に付けていたということができる。

(3) そこで、右にみた控訴人の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験等を踏まえ、前示二のワラントないしワラント取引の特質に照らして、本件ワラント取引に関する津﨑の控訴人に対する説明義務の具体的内容について考察するに、津﨑は、本件ワラント取引を控訴人に勧誘するに当たり、まず、ワラント取引一般の、株式の現物取引との対比における特色について的確な説明を行わなければならないことはいうまでもない。この場合、前示の、①ワラント取引における権利行使期間の制約の存在という特質に関し、(a)権利行使期間を経過してしまうとこれらの権利行使ができなくなり、ワラントは経済的に無価値となってしまうこと、そればかりでなく、(b)権利行使期間が経過する前でも、ことに、株価が権利行使価格を下回り、かつ、残存期間が短くなったワラントは売却が困難となるおそれが大きく、この点のリスクを正確に認識する必要があること、また、②ワラントの価格変動の大きさと価格変動予測の困難性という特質に関し、少なくとも、ワラントの市場価格は、基本的には、ワラント発行会社の株価に連動して変動するが、その変動率は株価の変動率より格段に大きく、株式の値動きに比べてその数倍の幅で上下することがあること(いわゆる「ギアリング効果」)、について十分に説明すべきである。

次に、津﨑は、控訴人に対し、当時、発行されていた多くの外貨建ワラントの中から、津﨑が勤務する証券会社である被控訴人が発行した本件ワラントの購入を勧誘したのであるが、ワラントの投資価値は、将来、株式がワラントの権利行使価格より値上がりする見通しを前提として成り立っているものであるところ、本件においては、前示一8のとおり、控訴人の本件ワラント買付時における被控訴人の株式価格は一六八〇円であって、本件ワラントの権利行使価格の二二六六円を大きく下回っていた(それにもかかわらず、本件ワラントの価格が16.50ポイントであったということは、ワラント価格に占める株価上昇期待度を中心としたプレミアム価格が高かったものと一応判断されるが、ワラント価格に占めるプレミアム価格部分が大きいワラントの値動きは、必ずしも株式の価格に連動せず、そのギアリング効果も必ずしも期待できないことは前示のとおりである。)のであり、しかも、本件ワラント取引がされた平成二年五月当時は、いわゆるバルブ経済の崩壊に伴って、同年の初頭から株価の暴落が始まり、その後も株価の続落が続いていた状況下にあった(公知の事実)こと、他方では、控訴人の買付時における本件ワラントの権利行使期間の残存期間は形式的には三年四か月余りとはいえ、右二1(1)にみたところからすれば、実質的には既に二年を切っている商品であると把握しておくのが相当というべきこと等の事情に照らせば、津﨑は、本件ワラント取引を控訴人に勧誘するに当たり、本件ワラントの内容につき、少なくとも、本件ワラントの権利行使期間及び権利行使価格についても説明を行うべきものといわなければならない。本件ワラントの権利行使期間及び権利行使価格の点は、控訴人が、津﨑の勧誘に対し、本件ワラント取引による利益やリスクに関する的確な理解を形成し、その自主的な判断に基づいて本件ワラント取引を行うか否かを決する上で欠かせないものであったというべきであるからである。

(4) そこで進んで、まず、本件ワラント取引の勧誘に際して、津﨑が控訴人に対し行ったワラント取引一般の特色に関する説明の内容についてみると、津﨑は、本件ワラント取引の勧誘に際しては、前示一6、7のとおり、先行する日軽金ワラントの取引を控訴人に勧誘した際にしたワラント取引一般の特色に関する説明を前提とした説明を口頭によって行っているので、右の日軽金ワラントの取引を控訴人に勧誘した際にした説明の内容についてみると、それは、概ね「株式に比べて価格変動が激しく株が少しでも上がれば、大きく儲かる。その代わり、少しでも下がれば大きく損をすることもある。権利の売買なので、最終的には、その権利がなくなった場合、投資したものがゼロになってしまう可能性がある。」との趣旨のものでありたことは前示のとおりである。

そして、この説明の内容それ自体としては、①のワラント取引における権利行使期間の制約の存在という特質に関しても、また、②のワラントの価格変動の大きさと価格変動予測の困難性という特質に関しても、不十分ながら一応の説明をしたもの、とみることもできないではないようである。

しかしながら、その具体的な説明の方法は、前示のとおり、難聴で(なお、原審における証人津﨑武英の証言によれば、津﨑は、これまでの株式取引の経過を通して控訴人が難聴であることを知悉していたことが認められる。)六〇代の半ばを過ぎた控訴人に対して、主として電話によって、口頭で説明をするにとどまっており、それまでワラント取引の経験が全くない控訴人にとって、株式の現物取引と比較したワラント取引の特色、特に、その高いリスクを伴う投機的な色彩の強さについて正しく理解し、その自主的な判断に基づいてワラント取引を行うか否かを決することができるような説明がされたといい得るか、疑問であるといわざるを得ない。

また、その説明の内容としても、控訴人としては、津﨑の説明を聞いてもワラントの性質について十分理解ができなかったことなどから、ワラント取引を行うことに当初は消極的であったことは前示のとおりであり、津﨑の熱心な勧誘により、結局は信頼していた津﨑の話に乗ってみる気持になったことについては、その過程において、津﨑の原審における「ワラントの最盛期というのは、逆に大変リスクもあったわけですが、儲かることも儲かったわけですね。かつ、あまりリスクについて、最初から大幅に宣伝をして歩いた営業マンというのは、おそらく日本中探してもいないだろうと思います。」との証言から推して、ワラント取引のリスクよりは、そのハイリターン性に偏った説明がされていったのではないかと窺われるところである。

さらに、津﨑が、控訴人との間で本件ワラントを含む三回のワラント取引を行うに当たって、自主規制とはいえ、公正慣習規則九号によって日本証券業協会の会員に対しその遵守が義務づけられている「説明書」の事前交付、「確認書」の徴求を怠っていたことは、前示のとおりである。

(5) 次に、津﨑が控訴人に対し本件ワラントについて行った説明の内容や方法についてみると、前示一7のとおり、それまでの津﨑が勧めた二回のワラント取引で利益を出していることや、その勧める銘柄が津﨑の勤務先会社発行のものであることを強調し、津﨑を信頼する控訴人の情感に訴える方法によって本件ワラントの購入を勧誘しているのであって、本件ワラントの権利行使期間の説明はされたように窺われるものの、権利行使価格についての説明はされなかった(原審における証人津﨑の証言、弁論の全趣旨)のである。

しかし、株式市場全体における株式市況の動向については、更には被控訴人の株価の動向についても、株式取引には相当の経験のある控訴人自身が必要な情報を収集し、その自主的な判断を形成することが期待されるとしても、本件ワラントの権利行使価格を知らなければ、ワラント取引と株式取引との損得計算すらできないのである(なお、本件取引成立後被控訴人から控訴人に送付されてきた「取引・応募報告書」(甲一三号証)にも本件ワラントの権利行使価格の記載はない。ちなみに、権利行使価格を知るだけでは、株式を購入する場合と比較してのワラント購入の損益分岐点は直ちに判明しないが、おおよその見当はつき、これがワラント取引を行うかどうかの重要な判断材料となる。)。まして、本件ワラントについては、前示(3)の後段で指摘したような問題があったのであるから、津﨑は、控訴人に対し、その権利行使期間のほか、その権利行使価格が二二六六円であることをも明確に説明する必要があったといわなければならない。

3 右に認定、説示したところを総合すれば、被控訴人の使用人である津﨑は、控訴人に対し本件ワラント取引の勧誘をするに当たって、控訴人の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験等に照らして、本件ワラント取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明を行い、控訴人がこれについての正しい理解を形成した上で、その自主的な判断に基づいて本件ワラント取引を行うか否かを決することができるよう配慮すべき信義則上の義務(説明義務)に違反して本件ワラント取引の勧誘を行ったというべきである。

したがって、右津﨑の行為は不法行為を構成するものであり、被控訴人は、民法七一五条により損害賠償責任を免れない。

4  なお、控訴人は、本件ワラント取引勧誘の違法性に関して、(1)ワラント取引は危険性の高いものである上、外貨建ワラントは店頭・相対取引で行われ、証券会社が顧客と利益相反の関係に立つことなどから、外貨建ワラントの一般投資家への勧誘は許されず、したがって、本件において、津﨑が、一般投資家である控訴人に本件ワラントの買付けを勧誘して、これを購入させたことは、それ自体が違法である旨を主張し、また、(2)本件において、控訴人は、社会の第一線をリタイアして退職金を元手に余生を楽しみながら手堅い投資をしていたもので、ワラント投資の知識も取引の意向もなかったのであるから、このような控訴人に対して、津﨑が外貨建ワラントを勧誘することは、適合性の原則に反して違法である旨を主張する。

しかしながら、(1)の主張についてみると、一般の個人投資家にとっては、ワラント取引が高いリスクを伴う、投機的な色彩の強いものというべきことは前示のとおりであるが、商法が分離型新株引受権付社債の発行を認め、証券取引法上もワラントの取引が予定されており、特に一般投資家に対する売付けが禁止されているわけではないから、本件において、津﨑が、一般投資家である控訴人に本件ワラントの買付けを勧誘して、これを購入させたことそれ自体が不法行為を構成するものということはできない。

また、(2)の主張についてみると、なるほど、控訴人が、社会の第一線を退き、退職金等を元手に、余生を楽しみながら比較的手堅い株式投資をしていた者であって、津﨑から勧誘された当初はワラント取引の知識もワラント取引を行う積極的な意思も有していなかったことを、概ね認めることができることは前示のとおりである。また、津﨑が勧誘したワラント取引が、一般の個人投資家にとっては高いリスクを伴う、投機的な色彩の強いものであることも前示のとおりである。そのようなところからすれば、控訴人のような投資家に対してワラント取引を勧誘することは適切でないのではないかとの感じは拭いがたいものといえよう。

しかしながら、そうではあっても、控訴人は、前示のように、株式取引については既に相当の経験を有し、自らの運用方針をきちんと持って、自主的、主体的な判断に基づいてその取引を行うか否かを決することができる能力を身に付けていた者であり、また、株式取引における投資額との対比からしても、本件ワラント取引における購入代金額の約三七〇万円という金額の投資が、それが無価値となってしまう危険があることを考慮してもなお、直ちに控訴人の財政状態に適合しないものとも断じがたいところである。むしろ、控訴人は、外貨建ワラントを含め、ワラント取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明がされれば、ワラント取引の特色について正しく理解することができ、その自主的な判断に基づいてワラント取引を行うか否かを決することができる者と認められるのであって、この観点からも、控訴人がおよそワラント取引について適合性を有していないものと断ずることはできないというべきである。

控訴人の右(1)、(2)の主張は、いずれも理由がない。

四  控訴人の損害について

1  右に認定、説示したところによれば、控訴人は、津﨑の右不法行為により、本件ワラントの購入価格相当額である三七〇万〇六二〇円の損害を被ったものと認めるべきである。

2  (過失相殺)

しかしながら、控訴人は、ワラント取引の特色について十分な理解が得られないまま、安易に津﨑の勧誘に応じて本件ワラントを購入したものであることは前示のとおりである上、本件ワラントが売却も権利行使もされないままその権利行使期間が経過してしまい、右の損害を被るに至ったことについては、控訴人の側にも、本件ワラント取引の成立直後に被控訴人から送付されてきた「取引説明書」を速やかに読まなかったことや、控訴人に津﨑から日新製鋼の転換社債で三〇〇万円儲けさせて貰ったので、本件ワラントで三七〇万円くらい損をしてもしようがないといったやや投げやりな気持もあったことが寄与していること等の本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すれば、控訴人の過失の割合は三割と認めるのが相当であり、これを控訴人が被控訴人に対し賠償を求めることができる損害の額から控除することが相当というべきである。

したがって、右過失相殺後の控訴人の損害額は二五九万〇四三四円となる。

3  (弁護士費用)

本件訴訟追行の難易等諸般の事情を考慮すれば、右不法行為と相当因果関係にある弁護士費用としては、二六万円が相当である。

4  したがって、控訴人が津﨑の不法行為によって被った損害額の合計は二八五万〇四三四円となる。

五  消滅時効の主張について

被控訴人は、控訴人は「取引説明書」を遅くとも平成二年八月末日までには読み、その時点で本件ワラントを誤って買わされてしまったこと、支出すべきでない金員を支払ったこと、すなわち損害の発生を認識したのであるから、右平成二年八月末日から三年の消滅時効期間を起算すべきであると主張する。

しかしながら、本件ワラントの権利行使期間の終期は平成五年九月二八日であるところ、控訴人が本訴において被控訴人に対し賠償を求める損害は、本件ワラントが売却も権利行使もされないままその権利行使期間が経過してしまい無価値となったことによる損害であるから、平成五年九月二八日の経過によって初めて控訴人主張の損害が確定的に発生したものというほかはない。

したがって、被控訴人の消滅時効の主張は理由がない。

六  控訴人の承認ないし損害賠償請求権の放棄の主張について

被控訴人は、控訴人は、津﨑と最後に会った際、本件ワラントによる損失については価格が下がったのだから仕方がない、また今度挽回するからなどと述べており、また、現在でも、本件は金銭の問題ではなく、訴訟を提起する以前の被控訴人の態度が納得できないのだと述べているのであるから、控訴人は、本件ワラント取引について承認したものであり、あるいは、仮に損害賠償請求権があるとしてもそれを放棄したものである旨主張する。

しかしながら、控訴人において、本件ワラント取引によって被った損害の賠償を求めて被控訴人に対し本訴を提起し、追行していることは当裁判所に顕著であり、本件全証拠によるも、控訴人が被控訴人に対しその損害賠償請求権を放棄したものと判断するに足りる事情は認められない。

したがって、被控訴人の右主張は、いずれにせよ理由がない。

七  結論

以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償として二八五万〇四三四円及びこれに対する不法行為の後の日である平成六年五月二八日から支払い済みまで民法の定める年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は理由がないから、これを棄却すべきである。

したがって、右と異なる原判決はその限りで不当であるが、その余は相当であるから、これを主文のとおり変更することとする。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官瀬戸正義 裁判官川勝隆之)

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